◆東京寺泊会だより ◆編集責任者・・・・橋本寛二

経営に使うISO戦略が日本のふるさと会創生に有効的であることが認識され出し、リテラシーある企業退職者が動く。余裕あるボランティア族の先陣を寺泊会にいる輩が実証。
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良寛に学ぶ会を支える郷人会たち

 全国良寛会・東京良寛会・岡山良寛会・・・などなど日本国には登録団体が無数あり、聖僧・良寛は280年経っても、その人気が衰えることがない。我が東京寺泊会も「良寛に学ぶ会」なる組織の活動を他の越後郷里会と一緒になって支えている。思えば、師の生誕の地、出雲崎は寺泊の隣町であるし、師の妹も寺泊に住んでいた。備中、現・倉敷市玉島修行を敢行あと、諸国行脚し、寂れた実家をながめてから真っ先に足を向けた地も、一里離れた寺泊のはずれの寺であった。
さて、「良寛に学ぶ会」は、東京糸魚川会、首都圏わしま会、東京出雲崎会、東京分水会、首都圏いわむろ会、はては、佐渡相川会そして東京寺泊会と,かつて良寛が住み、托鉢に歩き、又は、その親族が出生した、など所謂「ゆかりの地」で構成する、合計7つもの会が共催後援する、「良寛哲学勉強会」である。
2011年5月連休の最終土曜日7日も、7回目となる講演会を企画した。会場は、表参道のおもて通りに面する「新潟館・ネスパス」3階ホールを常設会場としている。

■会場に集まる聴講生は、40代以上が多い。
この会の会長も、勿論、熱心な良寛ファンである。糸魚川出身の実業家で従業員5000人を携える越後人、多忙な日常に、閑なしと見えるが、責任感強固で勉強会には決して休まない。近年上梓した志と野心のあいだ」で、氏の生きざまを、切々と述べている。
西新宿の高層ビル36階が本社。
オフィスである。組織・経営・管理・どの一つが未完でも企業は成長しない。
良寛の眞髄のどこかに、自らの生きざまと、人間のマネジメントに、発見が有るかのようでもある。

第7回の開会あいさつをする小林会長。
ところで、共催郷人会の一つである、東京分水会の平出会長も熱心な良寛愛好家である。
会場の進行役には、良寛情報に詳しく、真面目な同氏が欠かせない。さぞかし。現役サラリーマン時代は、同僚を裏切ることのない、実直な会社員だったに違いない。昨年は、その会社のOB会を引き連れ、寺泊・佐渡と旅行会を先導した。
寺泊の宿としてきんぱちの湯」を選んだ。応対した亭主・山田栄三郎(寺泊観光協会・会長)は、その人柄を気に行って、「佐渡汽船の出航まで見送ったよ」、とうれしそうに話をしてくれた。ここの亭主も。良寛に似て、相手の見返りを期待しては、行動しない。
平出氏は、東京分水会の会長となって3年が経過した。

その分水会から、6月19日(日)に開催する、同懇親交流会(分水町出身者の集い)の招待状が寺泊会に届いた。寺泊会からは、永年にわたり、毎回2名が出席しているが今年も楽しみである。


本日の講師:吉備国際大学講師・小野敏也先生(倉敷からお招き致しました)
倉敷市文化財保護審議会委員の同氏は、同市の観光パンフレット持参で玉島観光をPR.
演題:
1)玉島のこと
2)越後と玉島
3)良寛の修行
4)良寛をめぐるひとびと
5)岡山県良寛会のこと

特別授業
玉島の町は元禄時代は海だった
倉敷が紡績の街となった時代背景
円通寺僧堂日分行事査定  (修行僧・朝3時起床から、夜9時就寝までの一日)
面白いお話続き90分ではとても、足りませんでした・・。

次回案内:2011年7月22日(金曜)午後1時〜ネスパス3階。 講師は元分水町・町長で良寛研究家の藤田正夫氏の予定。聴講無料。茶菓代・500円。



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