◆東京寺泊会だより ◆編集責任者・・・・橋本寛二

経営に使うISO戦略が日本のふるさと会創生に有効的であることが認識され出し、リテラシーある企業退職者が動く。余裕あるボランティア族の先陣を寺泊会にいる輩が実証。
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 街頭募金開始 | main | 良寛に学ぶ会を支える郷人会たち >>

2011年5月3日の寺泊

 
例年寺泊の5月3日は白山媛神社の大祭がある。
今朝も世間から大勢さんが寺泊に来た。寺泊に来馴れた観光客なら、まず、さかなのアメ横前の無料駐車場(今日も同じかは不明だが)にパーキングしてから、露店めぐりや、時代絵巻の行列見物へと繰り出す。旧寺泊町の中央部にあたる、2区の大町を中心として、露店がズラーリと並ぶ、寺泊の一大イベントは圧巻である。
昭和時代なら、旧呼称で「ヤシ」がいて、子供ながらに、怖〜いと言いながらも、テントめぐりには、興味があった。寺泊の親は自分の子供に「親の言うこと聞かないと、ヤシに連れてってもらうぞ」と時々、脅しをかけたものであるが、こんな事を知る平成の親御さんは、さすがに居ないだろう。
町中を暴れまわる、「大カグラ」が来ると逃げ廻っていたが、その大きな口で、頭をかじってもらうと、その年は、無病息災の恩恵を授かる有難い、神事行事なのである。東京出雲崎会の懇親会にも似たような、カグラがお出ましになるが、寺泊とはちょっと違っていた。



2011年の様子は「寺泊ウォッチング」なる地元発行のすぐれものが、きれいに紹介。

2011年5月3日朝10時。アメ横あたりの風景を想像し、さっそくクラフトスケッチ。車が多いのは良いことである.………………寛風庵亭主
- | permalink | - | - | - | - |

スポンサーサイト

- | permalink | - | - | - | - |