◆東京寺泊会だより ◆編集責任者・・・・橋本寛二

経営に使うISO戦略が日本のふるさと会創生に有効的であることが認識され出し、リテラシーある企業退職者が動く。余裕あるボランティア族の先陣を寺泊会にいる輩が実証。
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弥彦村人会入門

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▼快晴秋晴れ祝賀パレードの午後

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 盛況裡に終宴 

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 第38回弥彦村人会

 村長さん宮司さん校長さんも大懇親

令和元年の弥彦村人会は奉祝パレードと同日に開催されました

期日:2019年11月10日(日)

会場:東京お茶の水ホテルジュラク

開会:総会11:00

懇親会:12:00〜15:00

スペシャルセミナー

 

口腔外科の権威による懇切丁寧な講演会

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弥彦村フッ革命で児童のむし歯ゼロを達成した男による全国提案

 小林清吾先生:画像使った大学レベルの講義に全員納得

 

 

平成から令和へと弥彦村人会を仕切る 堀 優(ほりまさる)会長

あれから1年後もこんなにお元気▼(2019/11/10撮影

 

多数のご来場賜り衷心より感謝し御礼申し上げます

 

ドラマの中での大手企業 帝国重工(社長役・杉良太郎、部長役・吉川晃司、次期社長役・神田正輝)らが絡み合う、BSN=TBS系日曜劇場「下町ロケット」でのロケ・制作部隊をはじめ 佃製作所(社長役・阿部寛他エンジニアや経理部長・殿村役として時折蒲原・燕にある実家の田んぼに姿を見せに来る立川談春、その妻役・工藤夕貴、さらに親父役の山本學らの豪華俳優陣達をはじめ、完成度の高いテレビ撮影にしようと弥彦村もロケに協力している

フイルムコミッション・新潟県弥彦村出身者が開催する東京村人会の基礎となる、テレビの画面構成を見て感想を持つ弥彦村出身者の話題を追った

テレビ画面には、燕市の文字のあとに移動画面がしばしば登場する。そして蒲原地方らしき田園地帯と広大な田んぼ風景、

その遠景に見える小高い山脈、これは弥彦山か角田山か、はたまた東京近郊の山脈かがいつも地元を知る越後人の間で話題になる。蒲原にしては山脈が連ねすぎると思われ、大写しにされた時のコメつぶの形状は弥彦米に似ているしと,とにかく見ているだけで脳が活性化し、興奮の連続であると評判である。

但しこれは蒲原人の間でしか話題にならないが。

 

ちなみに寺泊人がイメージしている弥彦山とはこんなものである

山の先端に突き出ている海の吹き出し口のあたりに弥彦の神様がおられたそうな。

現存者で見た者はひとりもいないが、いにしえの時代からその伝えがあり事実らしい。

 

 

 

 

 

 

 

特別協力が燕市で撮影協力が弥彦村と、嬉しいことに毎回エンディングロ−ルに流されるものだから、ロケットバルブの出来不出来はともかく、ドラマ上の農家ならずとも、越後蒲原人にとっては有難く貴重なテレビ番組となっている。

 

本稿には、著作権を十分配慮して制作、TV上で演じる俳優さんのお名前は、一般公開されているテレビ番組表を基に使用させて戴いております

 

 

弥彦村人会

 

入門講座

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本大会はいつも2人の弥彦人による豪快で洒脱な進行で司会が冴え宴会が盛り上がり酒が旨くなる。

 

 

 

 ◆ヤヒコソンジンカイ宴席面描

 

ホスト役として会場を右に左にさりげなく歩を進め、参会者に語り掛ける堀 優(ほりまさる)会長さん

 

2018年11月大会は無事終了.

2019年度は新元号で堂々開催

 

 

 

寺泊会と弥彦会のお付き合いは、いつから始まったか。

それは弥彦会が郷里の中学校同窓会中心から脱皮して以来の話のようだ。春の寺泊会、秋の弥彦会は互いに会長、役員あたりが来賓として招かれたり、招いたりして何年間も継続している。寺泊会も同席して以来その間に弥彦宮司さんは3代も変わっている。

 

令和最初の弥彦村人会は11月10日(日)にお茶の水にあるホテル聚楽で開催される。


15年度に4選を阻止して当選された小林豊彦村長さん、今年1月には2期目に挑戦し

約5千人投票者の内、3千人近い支持で見事当選るされた。

弥彦村人会に積極参加され、健在で、その巧みな力強い話術にはまってしまう。

あの威張らない性格はどこから来ているのだろうか

弥彦村と寺泊町そして

 

 

分水町の履歴

平成の大合併で踊らされた日本全国の自治体は 無数にある。 越後国のほぼ中央に位置する、弥彦・分水・寺泊も例外でない。 寺泊町では、回覧板で新地名公募までやりながらも、3者合併は 実らなかった。

このデータを保存しているのは、寺泊会だけとなった。

■一方の燕市では、吉田町と分水町との合併に画策が始まっていたから、庶民はどれが本物やらと複雑な感が消えないありさまであった。

◆やがて寺泊町民は長岡市民に、分水町民は燕市民へと巣立って行った。 寺泊の町会議員は選挙に町会議員などが5名挑戦し、先ずは2名だけが長岡市議会議員となり、分水の町長さんは燕市の市長さんへと変身。分水町長さんのリンクは燕市長選挙挑戦物語。

 

だが弥彦村長さん周辺あたりは、合併を嫌って他の血と交わることなく、合併特例分担金も受け取らず発展し続けておられる。越後一の宮・弥彦の神様のお告げか、すべてが吉と出てしまう素晴らしい土地柄である。

 

しかしながら平成の最後あたりに時代が移る頃になると

燕も弥彦も協業で村おこし街おこしに躍起となって、合併せずとも首長の笑顔は消えることなく続いている。観光写真に分水の花魁を使いながら、いざキャッチコピーに全国区の燕を使っても、誰も不思議がらない越後人の太っ腹さがみえてくる。テレビドラマになっても不自然さは残らないのは、はざ木を脇にとうとうと実る稲穂を育てる蒲原平野の歴史物語のせいかも知れない。


 

 

 

毎週日曜に放映されているテレビの人気番組-BSN:TBS系で放映-

-動画解説-{下町ロケッット}では、米どころ越後の農家を仮定し弥彦村は撮影協力に余念がない。TV撮影協力の字幕にその痕跡を残す。

爾来、発展する弥彦の村長は変われど、祝杯の一献を傾ける機会は毎年秋にやって来ることとなった。


方の合併はならなかったが、東京寺泊会と東京弥彦村人会東京分水会の3団体は互いに交流の機会を継続している。弥彦会さんは現在、堀会長へとバトンタッチされ、副会長には羨ましくも、女性陣も加入し他会からの運営見本にされている。
東京弥彦村人会は郷里の、弥彦中学校同窓会を基に、昭和57年11月に創設された歴史ある、弥彦応援隊を自負するふるさと会である。地元行政の援助はもとよりJA越後中央、弥彦商工会・観光協会さんなどが協賛し大会を盛り上げている。
現会長の堀 優氏(東村山市在住)は、中国通で、永年隣国相手の仕事に携わっていた経験を生かし、幅広い人脈で、芸能文化と、会に招致して、イベントに活用させ出席者をあきさせない。

 

弥彦小唄誕生@youtube

37回ふるさと村人会ともなると、総会前のイベントも充実しており、36回大会のフラダンス公演に続き

今年は「及川清三、清乃さんの民謡ショー」が企画され、CD2枚を全員に提供、テンポがゆったりし、しっとりした三弦が魅力的な弥彦小唄で会場を盛り上げ、合唱指導があり全員で唄った。

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:聚楽創業者・加藤清次郎と弥彦村のご縁 

例年ここの会は、ホテルロビーの階段を利用した集合写真で会が始まるが、平成最後の37回大会からスキップされた。
ホテルとは言うまでもなく、弥彦村と縁の深い「ジュラク」のことである。
お茶ノ水駅に近いこのホテル周辺は、高層ビル建設ラッシュも一段落で比較的静かになった。ジュラクといえば観光地に素晴らしいホテルを構えているが、ホテル業の歴史はそう長くはない。 現在はこのドメインを抜きではビジネスモデルが成立しないまでに発展した。 近年には、新潟駅そばの激戦区でホテルをオープンし好評を得ている越後ゆかりの著名企業である。経営手腕を継承している3代目である。

 

現社長の祖父・加藤清二郎が大正13年3月に、神田須田町で洋食屋開業して以来93年が過ぎた。先代が提唱した、越後に役立つインフラをテーマに設置した弥彦山頂とふもとを結ぶロープウェイも平成最後には現社長同様、生誕60年目を迎えている。

聚楽の歩み・昭和49年刊行より・・加藤治社長提供) 
越後から列車で上野に到着すると、真っ先に駅前に見えた「聚楽」レストランの看板とネオンが懐かしい。そのお孫さんが、ご自分のホテルとは言え、いつも、会の参加者に如才なく振舞っておられる。

38回大会には公務と重なり欠席されたが、ホテルビジネス活動真っ只中の加藤 治 聚楽社長。
弥彦村人会は、首長変われど必ず懇親会に、村長さんがご出席。市長さんに12年以上毎年招待状を出しても代理で代用される寺泊会とは大違い。笑顔いっぱいで参会者たちに声をかけるコニュニケーション手法は、本間道夫・安達行雄・大谷良孝 各々の前村長さんのころから小林豊彦現村長さんまで代々
続いている。

 

 

 

 

 

 ◆実際村人会の宴席あたりに交わると、利害関係が少なく本来のリラックス感が最高になるのであろう。

 

 

村の温泉施設は繁盛するは、この村の居住評判を聞きつけ、村への転入・人口は増えるはで、悪い噂は聞いたことが無い。
首長激務の中でも、村政は安定しておられるようであった。加えるに児童の虫歯発生率が、日本全国で最も低いとの実績が評判である。このふるさと自慢は毎年聞かされる。

 

小林豊彦・村長時代爆進中


 

弥彦村は永年、村長選挙無用のまちとして続いていたが2015年には現職に久しぶりに挑んだ新人が、約10歳年上で当選。2期目の選挙は2019年1月27日(日)が投票日だ。弥彦村は無投票選挙が40年以上あった訳だから、村民たちも複雑な気持ちだったであろう。

新村長・小林豊彦氏の2期継続激戦記は、新元号時代の特記事項となろう。村での選挙登録者・6924人のハートはいずれに。



   

かつて総合司会を務めた実力者・武石堅次氏(現・幹事長)は、平成最後の会では、美人館長をお連れしてきた。

)昭和歌謡曲時代を代表する作曲家・遠藤実記念館として、新潟西蒲区の越前浜で実唱館を代表経営している遠藤由美子(娘さん)をくどいてお連れしたそうである。

勇気を出して寺泊会もおさそいしたら、

今春5月26日の寺泊会に笑顔でご出席され、寺泊会役員会の自慢話が増えた。

あれから1年経過後にはびっくり:

オペラ歌手秦千襲さんをご紹介

万事にして武石堅次氏の運営手腕はこれぞ弥彦村人であると感心。

令和初年度くじ引き特別賞品には、天皇ご即位記念として弥彦風盆栽が用意され樋浦憲次副会長が当選された

弥彦会は賞品が豊富である

 

 

 

第37回大会では一見紳士風の宮川氏の洒脱な話術で進行され、更にカラオケ宴会となると豪快な高橋幹事も加わり、その盛り上げ方は半端ない。

両氏の宴会を把握する手法は、蒲原人には希少価値かと思わせる。

令和大会になったら宮川氏はえちご蒲原会の代表としてご出席。

大会には毎年会長賞と村長賞があり、大会のイベントとして楽しみな抽選会の華となる。



抽選会の名物賞品として存在感ある「超なが〜い、長イモ」が今年も賞品として振舞わられたる筈である。昨年見事当てたのは寺泊会副会長・
清水文隆氏であった。電車の中では目立つだろうなと多少心配げでもあったが。


  弥彦会と分水会の巨頭勢ぞろい感のあるふるさと想い隊連中

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こちらの、だんなさんの御名字は軸屋(ジクヤ)さんである。手にしておられるのは賞品の商品でない。鹿児島産の芋焼酎である。

「鹿児島の酒造の娘と結婚しましてねと、まあ一杯どうぞ」と差し出され試飲。さすがに特上甕(かめ)仕込みである。きめ細かな味で、きりっと飲み応え満点。都内ではなかなか手に入らないそうであるが、ネット注文沸騰中とか。焼酎と言えば、いつもはお湯割りでその上、うめぼし入れて飲んでいたのに、これは何にも入れないでぐいぐいいける。思わずうんめーと叫び、コップで2杯頂いた。それもストレートで。
その名も「軸屋酒造のトップブランド品・軸屋」であった。奥さんの実家が会のためならと、提供して下さったそうな。薩摩の本格芋焼酎発見の会となった。


弥彦神社宮司さんは昨年退任され、渡部吉信氏が1年間の代務ていたが、晴れて神社庁に認定され、宮司さんへとなられた。お見かけより実年齢がかなりお若い。言葉の中に世を見つめている風刺がこめられていて、爆笑しながら、ついつい話し込んでしまう。

ところで堀会長になってから、ここの会は珍しく3人の女性役員体制を組んだ事もあったが多少の改正もした。

女性副会長真っ赤なオートクチュール38回大会で披露される



歌唱指導や抽選会の賞品授与もされる一柳建子副会長(弥彦)は、

闊達で、「この方は、お料理の達人よ」、と周りのご婦人から教えてもらった。

宴席で何回かお会いしているが、時折着用する、真っ赤なオートクチュール姿を、今回は披露されなかった。
 

寺泊会お馴染みのマリ姐さんのお酌を受ける金子清郎・元権宮司、おとなりは渡部吉信・宮司さん

 

マリ姐さん平成最後の寺泊会で講演

 

演題=健康長寿で老いない体つくり

男性陣必見の巻

前立腺肥大予防の極意

 

 

 

もう一人の才女、黒田マリさん(83)は、2018年の寺泊会で講演をしてくれた。長年に及ぶ整体プロの経験を生かし、「長寿と健康」をテーマに1時間近く持論を語ってくれた。中でも「前立腺のなおし方」は頻尿・残尿・無力尿の該当者が多数いた会場一同が熱心に耳を傾けて、その秘策を家に持ち帰りこっそりと風呂場で挑戦した事だろう。

お風呂に入ったらあなたの局部をしっかりとつかみ、右に70回左へ70回と引っ張りながら揺さぶれば、前立腺は手術までしなくとも必ず治せる持論を解説書付きで熱弁。会場騒然と爆笑のヒトコマであった。ご自身は女性なのによくご存じなのねと驚嘆の声仕切りであった。

下町ロケットをのんびり観ている話ではないぞとスタンディングオべーションで寺泊会の講演会は終了した。

 

鍼灸接骨院を経営するマリ姐さんは、弥彦村人会の名誉会長として組織のリーダーシップを発揮されている。自身が経営する接骨院のスタッフには体育会系の若者が多くいる人気サロンスタジオで、郷里にも構えた自らのオフィスと東京・大田区にある本部を頻繁に往復しており、素晴らしい弥彦観光大使の役目を担っているようでもある。女性起用がお上手な、近頃の弥彦会さんであった。駅ではエレベーターを使わない階段徒歩スタイルは、毎日近所のジム通いで鍛えている証拠である。          

宴会場一杯に溢れる熱気と、郷土愛でつながる優しい連帯感が、つい顔に現れる第37回平成時代千秋楽の東京弥彦村人会であった。元号変れど後輩たちに繋ぐべき平成30年11月11日の貴重なヒトこまが脳裏から離れないであろう。宴会のフイナーレには唱歌(ふるさと)で締めくくるスタイルは、正に弥彦の土のにおいがする。

 

 ■情報提供;第36/37回東京弥彦村人会定期総会案内書

 

 本稿には一部アーカイブの写真並びにTBS番組配信情報及び販促グッズ(750)の写真を使用しております

 

   

 

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