◆東京寺泊会だより ◆編集責任者・・・・橋本寛二

経営に使うISO戦略が日本のふるさと会創生に有効的であることが認識され出し、リテラシーある企業退職者が動く。余裕あるボランティア族の先陣を寺泊会にいる輩が実証。
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 東京寺泊会新潟県人会殿から感謝状を授かる | main | 原発事故を心配してくれるアメリカ人 >>

東京新潟県人会創立100周年記念式典

 ◇寺泊観光協会からも、お二人が来賓参加◇


2010年(平成22年)は、東京新潟県人会創立100周年メモリアルイヤーであった。
 記念行事の幕開けは、1月30日のグランドプリンスホテル新高輪で開催された。
総参加者数1350人の大所帯となり、ここにおられる皆さんが、全員越後出身かと思うと、ホテル周辺を歩いていても気落ち良い。参加団体は115組織と言われたが、首都圏には、ずいぶん沢山の、越後関係の会があるものだ。
会場は、かつての芸能人の巨大結婚披露会場で名を馳せた「飛天の間」である。だが最近はこの呼称は、ホテル側の意図で大宴会場「飛天」に変わっている。ここの会場を訪れたものは誰でも知っているが、ゆったりと大きな螺旋形の通路を通ってから、宴会場に導かれる。この通路は各会の威勢良いノボリで溢れていた。
          
 ▼

東京寺泊会の色は深紅のノボリであった。写真では読みづらいが、赤の左から2番目に東京寺泊会の文字が見える。このアイデアは、聞くところによると、東京新潟県人会を牽引する実業家の、平 辰氏で、東証一部上場の「大庄」をはじめ22の飲食系企業の総帥でもある

寺泊からは、観光協会を代表して山田会長と、大倉副会長が参加された。             
山田会長は、これで2回目の参加、大倉氏は初回である。多角経営のきんぱちさんと、野積の割烹旅館・山長さんが来なさった、と思えば嬉しくなる。両氏とも、今春の東京寺泊会交流懇親会にご臨席予定である。実に有り難く、この大会のために上京される、野積の杜氏さんもご存じだそうである。東京寺泊会と郷里の寺泊は近くなったものである。              

100周年記念の大宴会は趣向様々で、文化と芸術に溢れていた。東京芸術大学・学長(佐渡出身)のオープニングセレモニーに始まり、祝賀能・高砂、そして宇宙飛行士の毛利衛氏によるサイエンス講演、「宇宙からの視点」と続く。DVD、インターネットを馳駆しした講演は、出演料100万円との噂も価値あるものであった。今夜のこの時間にも宇宙に滞在している、宇宙飛行士とも毎日ネットで交信しておられる。地球は狭くなった・・なんぞというレベルと異なり、大気圏と地球の話は圧巻であった。

祝宴でのアトラクションには、民謡の小杉真貴子さんが十日町小唄など3曲を披露、張りのある艶っぽいお声が、会場に良く響いた。アトラクションのフィナーレに輪踊りの司会を頼まれていたので、2回目の出番前に真貴子さんにインタビューしたが、普段でも声が高く、はっきりと話されるお声は、とても若々しく素敵であった。我々と同じ三島郡の出身で、東京越路町会の名誉会員をされている。

会場を見渡すと、米山稔・ヨネックス名誉会長も来賓としてご臨席された。更に会場内では、今年4月4日の第55回・東京寺泊会で、8人を引き連れて正調佐渡おけさ踊ってくれる「東京おかみさん会」の高橋和子会長さんに挨拶され、川村敏夫(佐渡奉行末裔・県人会副会長)と3人で写真におさまったくれた。


東京芸大の学長はBSNの取材で、自らの作品の前でインタビューされておられた。きっと新潟では今夜のニュースに使われるのだろう。
同氏は、気さくな方で、関西弁調に聞こえる佐渡弁で応えていた。

かくして400人を超えるご来賓をお迎えし、盛大に開催した100周年祝賀の宴は、無事終了したのであった。

◆◆・・・・・
- | permalink | - | - | - | - |

スポンサーサイト

- | permalink | - | - | - | - |