◆東京寺泊会だより ◆編集責任者・・・・橋本寛二

経営に使うISO戦略が日本のふるさと会創生に有効的であることが認識され出し、リテラシーある企業退職者が動く。余裕あるボランティア族の先陣を寺泊会にいる輩が実証。
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日本遺産にふるさと寺泊も登録される

 寺泊が日本遺産に次は良寛独歩街道か

 

次のオリンピック開催地は 「トキイイヨ」 

と、外人さんがたどたどしい日本語で発表直後、会場にいた日本招致委員や便乗者たちは抱き合いながら歓喜に包まれ

テレビ桟敷に座って待機していた1億の日本人の何割かも大喜びしてからはや2年。

 

この一大行事に乗り遅れまいぞと商機を逃がさず、経営の世界でいう機会を強みにし、

結果として観光客目当てのビジネスは大健闘。

 

昭和生まれが圧倒的に多い本稿の読者層も、元号が平成から▲▲時代と来年発表されると同時に、高齢層のくくり基準も新規になり長年親しんで来た長生き階層の人を、

明治・大正・昭和の3代を生き抜いて来られた元気なお年寄りさんと呼ばれる代わりに、今度はあなたも間違いなく

昭和・平成・○○の3代を生き抜いて来られた方と呼称されるのだろう。どうよ。

 

さて、今都会では新規ホテルの建設ラッシュと老舗名門ホテルは大改装中。

国もスポーツ施設に税金廻してスタジアムの拡張、再建、実績ある水泳選手をスポーツ庁の長官にするわで、賑わい座を呈す。

 

それにしても忘れられないのは、

どうかこの私をオリンピックまでは知事にさせてよと、

都民に悪事がばれても泣いてすがった醜態事件であった

一方、インバウンド・外人観光客の来日もうなぎ登りで観光地にどっと押し寄せ、商社マンでなくとも外人と話す機会は多し。

商店、旅館はにわかの好景気に酔っているらしいから、知名度を上げた日本。オリンピック様々である。

◆日本遺産は、天からの付与でなく、手を上げて文書で申請したもの勝ちである。まるで個人年金の申請みたいなものだ。そして地方公務員の発案だけを待っていても認可プロセスは始まらないし終わらない。

 

個人でまずは申請しないと始まらない事例は世の中でゴマンと有り

数えたらきりがないが本題の前に寄り道するとこうなるか。l

 

 

キャッシング過払い金、不要になった定期券の払い戻し(自分で行動をする)

●高齢者退職金請求。65歳超の適正退職時にハローワークに申請した者だけに支給)

●明確な医療ミスに起因するインシデントの示談交渉

●適正使用中にも関わらず各種電化製品他の機器不具合品クレーム申請

●通販品到着後イメージと違った品物を受け取った際の別品への交換申請

●自分の給料不相応以上のかなり高価な道楽品の購入(家庭内特にカミさんへ上手に申請)

●逮捕・拘留時の保釈申請(弁護士経由)

●留年予想時の担当教科教授へ単位取得のダメモト嘆願申請

 

 

等とまずは自分の意思で申請しないと始まらない事案は、無数にある。

日本遺産は自治体が申請窓口であるが、きっかけは一人の発案からでもあり得る

郷里の遺産を全国に宣伝拡大したいとする少数の意志がまず第一歩となる。

文化庁が唱える日本遺産当初の認定達成時期まであと3年残されているので登録の可能性は限りなくある。

 

桜並木と花魁道中なる素晴らしい日本遺産を有する分水会さんの故郷も登録すべし、一方では越後一ノ宮と弥彦山を抱く弥彦村人会さんの故郷も十分資格アリ、更に永年継続しているひとりの聖僧を深く崇敬する全国組織の良寛会なども公平にその権利と遺産を所有している。

だが申請段階ではほんのスタート期間で、実際はこれからが難儀であるから相当の覚悟と準備で日本遺産申請に臨むことが肝心である。マネジメントの教材通り機会とリスクは表裏に有り、遺産登録で観光客が集中しすぎてやがては環境破壊のリスクが追って来るやも。

初期の申請書類作成だけなら、我々コンサルの得意分野ではあるが。

企業向け新規コンプライアンス規定を作成するより遥かに易しい。

 

 

日本遺産の誕生へ

オリンピック開催決定は日本遺産生みの親。

大会まで100件の認定目標進行中。

 

 

文化庁の長官さんは新潟県人で日本遺産認定の最高承認者のひとりである。このひとがハンコ押さないと何も決定しない。

偉い越後人もおられるものだと感心する。

さて日本に多くの観光客が来るのなら、世界遺産にちなんで、オリンピック前に100件位を目標に日本遺産も作ろうと

平成27年に第一回の認定遺産18件が発効され、今年は3年目で17件が登録。その中に寺泊も入っていた。

 

ここにやっと寺泊の名前が名乗り出た。その推薦理由を当てる場を設けて考えた発表前段階での予想一覧。

 

寺泊が認定される日本遺産理由を探そう会

 

 

かくも狭いふんどし町にお寺が20も、支えてくれた檀家さん物語り

太平洋側は波打ち際の浸食で悩み、砂浜が想像以上に狭く狭くなる日本において

寺泊の砂浜ばかりは、魚のアメ横が建ち駐車場ができる程、3倍にも5倍にも面積が広がったからとか

ロマンチックな汐たき節のいわれと遊女誕生ものがたり。

蒲原の惨事横田切れ大洪水の際には寺泊から進んで援助の手を差し伸べた豪商・豪農物語りとか

弥彦神社の祭神が、弥彦の山を越える前は寺泊・野積におられた真のいきさつとか

魚のアメ横市場が全国の魚商スタイルを変革し先駆けにした中央海水浴場の浜の歴史とか

全国に伝承されている銘酒・日本酒の蔵元で、多数の寺泊出身杜氏が主導活躍していた酒造り物語

 

等とどめなく話題にのぼった。

 

 

景勝地・寺泊は想像するに容易な案件がゴマンと有るので寺泊会でも我が町の日本遺産ならこれだと話題沸騰した。

しかしながら寺泊会会員=素人の酒飲み会話での予想はすべて外れてしまった。

ここは寺泊夏戸在住で高名な史跡研究家・小越夫妻に相談してみるべきだと今年4月の寺泊会大会であまりにも

素晴らしい講演をされたので、印象深く会員の心に残っているのだろう。

 

日本遺産の登録申請には、関係各地に存在する日本の文化伝統を物語る=ヒストリー性の極めて高い事象物だけに

申請資格が優先する。地域単独でも良いがネットワーク型と呼ばれる数県・複数の市町村にまたがっても良い。

全ての遺産にキャッチフレーズを付けて申請する。地域振興のきっかけに生かされれば結構ではないか。

 

各県の自治体も登録申請に余念がない。

 

 

岐阜=信長公のおもてなし。実は、長良川鵜匠を操った信長こそ接待の達人

群馬=かかあ天下―群馬の絹物語り

甲賀=リアル忍者を求めてタイムトリップの里

島根=出雲の国の風土記鉄作り1000年の歴史文化

などなど

 

寺泊の日本遺産とは

 

寺泊が日本遺産に指定された決定理由がこれだ:

 

北前船の寄港地寺泊

 

荒波を超えた男衆たちの夢がつないだ異空間

 

つまり北前船の寄港地と船主・集落の物語りの地として当該県各地が合同認定されたのである。

 

他の寄港地、石川・福井・山形・秋田・青森〜北海道などとの合同ネット型認定である。

 


 

 

さて遠くから寺泊にこられる「日本遺産・北前船観光ツアー寺泊編」ご一行様に、どのようなおもてなしを致しましょうか。
寺泊会が選定したツウが選ぶ地元・寺泊遺産案
白山媛神社で奉納船絵馬を鑑賞するもよし、旧イタロさん脇の狭い坂を下るも良し、ノトヤ小路を歩くもよし、上田町の旧やなぎや旅館の坂の上にある十二神社のふもと・ヤマノマチにある楼閣跡を懐かしむもよし、他県のように北前船館を作るも良しとこれから地元アイデアとモチベーションの品質にかかっている。
日本遺産を考えると、ふるさとは長岡の寺泊でなく、寺泊ありきの長岡だなあとつい寺泊会の本音が出てしまう。
だが長岡は昨年も新潟市などと、奇形遺産物・信濃川流域の火炎型土器が日本遺産に登録されている。
新潟県内としての日本遺産認定地は寺泊が加わり、2年連続の喜報になったことは今春のビッグニュースであった。
今年の登録発表も代表自治体=長岡市にある港町とされてしまったので、
松前町(北海道)深浦町(青森県)の如く、具体的な町名が示されないので、「寺泊」の文字は目立つことなく今も静かに寄港地を維持しているが。
かつての楼閣街で三絃を楽しむ会でもどうよ、と気を利かす地方公務員はいないようだ。怪我なく定年と共済年金をお待ちなのであろうか。2012年9月の第10回大会の如く、再度北前船寄港地フォーラムの開催を企画し盛り上げてもらうしかない。会場をきんぱちの湯にするか。補助金で特設ホールでも作ってもらって。観光協会と自治体の強力な援助なしでは難しい話ではあるが。
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